今回の「マイ・レヴォリューション」のPVは僕は初めて観たのですが、曲の方は当時は本当に大ヒットしていました。80年代後半に青春期を過ごした世代にとっては懐かしい曲だと思います。
当時ドラマ「セーラー服通り」の主題歌でもあった「マイ・レヴォリューション」ですが、前年デビューした渡辺美里初のヒット曲になりました。作者は作詞/川村真澄 作曲/小室哲哉 編曲/大村雅朗ですが、作曲者の小室 哲哉にとっても歌手への作品提供した楽曲で初の大ヒットを記録した記念すべき作品になりました。
最近の事件もありウィキペディアで小室哲哉を調べていたのですが、「マイ・レヴォリューション」以後についてはここで書かなくても多くの方がその活躍を知っていると思いますので、それ以前の活動を抜き出してみました。
小室哲哉は1958年11月東京都府中市出身。早稲田大学在学中(最終的に除籍)にプロとしての活動を開始。哀婉・あのねのね、白竜、原田真二などのバックバンドを担当。「マイ・レヴォリューション」リリース前にあの「TM NETWORK」を結成。のちにGet Wild」などの大ヒット曲を記録してトップバンドにのし上がりました。
渡辺美里も「マイ・レヴォリューション」以後はシングルヒットはそれほど多くないですが、アルバムは9枚連続No.1を記録。1986年から始まった西武球場のコンサートも20年続けるなど、渡辺美里にとっても「マイ・レヴォリューション」のヒットによってトップアーティストの一人になったと言えますね。
しかし、何だかんだ言ってこの曲も22年前の楽曲になるのですね。今年公開の「ハンサム・スーツ」の主題歌に使用されるなど、今でも愛されている楽曲といえるでしょうね。「ハンサム・スーツ」上映を機会に若い人にも覚えてもらえるかもしれませんね。
それではゆっくりとご堪能ください。



でも小室だったんですねー、コレ。知らずに聞いていた私ですが、この頃は音楽に純粋だったんだよな多分。それが流行を作る事にやっきになって我を忘れて金の亡者に・・・ああ、つくづく90年代のあの中身なし時代を忘れたい(笑)
フィルム探偵Mさんにとってのお気に入りナンバーでしたか〜。この時代ぐらいから日本のロックが市民権を得てきた印象があって、渡辺美里も中村あゆみと並んでその中で語られることが多かった気がします。
「マイ・レヴォリューション」はその後の小室哲哉の楽曲に比べると、メロディアスなうえにあまりダンス色がないからクレジットをみないと気がつかないかもしれませんね。
>多分。それが流行を作る事にやっきになって我を忘れて金の亡者に・・・
思うに流行ってうつろいやすいですから、その時代でいくら金を稼いでもいつまでも続くとは限りませんよね〜。
ちょっと前に騙されて三十数億(たしかそれぐらいだった気がしますが)の借金を背負いながらも、すべて返済してかつ都内の一等地に豪邸を建てた矢沢永吉は改めてスゴいと思いますね。(好き嫌いは別にしても)
矢沢永吉の場合は、流行に流されない濃いファンが数多くいたことがよかったのでしょう。
そう考えると金も稼ぎすぎると怖い部分がありますよね。